
オラッチ独りでは絶対辿り着けないという保証付きです。
帰って検索すると行かれた方みなさん苦労してますねぇ。
帰って検索すると行かれた方みなさん苦労してますねぇ。
ツレが「ここやで」って?
「どこ?」とオラッチ

真正面のこんもり木が茂ってるところが墓だけど遠目には分からない
「あそこや」「道無いけん」とツレ
足下注意といわれてて、「そこ危ないで」といわれたところで足を滑らせ溝にはまりました。




お墓を背にして撮影

もと来た道へ
讃霊王の墓をUPしているブログ
讃王(さんのう)は、昔瀬戸内海にいた悪魚を退治した人物。讃留霊王(さるれお)とも。
古事記伝などでは讃王を景行天皇の御子神櫛王としているが、古事記には武貝児王、日本書紀には日本武尊の御子である霊子(武殻王)としている。
古事記伝などでは讃王を景行天皇の御子神櫛王としているが、古事記には武貝児王、日本書紀には日本武尊の御子である霊子(武殻王)としている。
伝説
景行天皇の御世、瀬戸内海では悪魚が人々を困らせていた。讃王はこのことを聞きつけたくさんの船をつれて退治に行った。ところが、一人の兵士が悪魚に飲み込まれてしまった。その兵士が悪魚の腹の中で刀を抜いて暴れ出し悪魚は苦しくなって死んでしまった。以後、讃岐の漁師は自由に魚をとってもよくなった。
景行天皇の御世、瀬戸内海では悪魚が人々を困らせていた。讃王はこのことを聞きつけたくさんの船をつれて退治に行った。ところが、一人の兵士が悪魚に飲み込まれてしまった。その兵士が悪魚の腹の中で刀を抜いて暴れ出し悪魚は苦しくなって死んでしまった。以後、讃岐の漁師は自由に魚をとってもよくなった。
綾川町HP
http://shikoku-net.co.jp/kagawa/kankou/ayautagun/ayagawakankou.htm#%E8%AE%83%E7%95%99%E9%9C%8A%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%A2%93
http://shikoku-net.co.jp/kagawa/kankou/ayautagun/ayagawakankou.htm#%E8%AE%83%E7%95%99%E9%9C%8A%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%A2%93

気になる建物が田んぼの中に見える
ここも道がないので畦を歩く
ここも道がないので畦を歩く

よく判らないので写真だけ撮って移動
後で地図で検索したけど何も表示されませんでした