七五三の怖い由来
めでたいことばかりじゃない
昔は、
言葉が話せなかったり障害がある子供を、
“神隠し”と称して
山へ捨てていたんです。
多くの人が貧しい暮らしをしていたので、
労力にならない子どもはいらなかったんですね。
それを判別するのが、
7歳などの一定の年齢に達したタイミング。
それまでは、
子どもは神様からの贈り物、
として扱われます。
もし“いらない”と判断されれば、
「子どもを神様にお返しする」
という建前のもと、
山に捨てられてしまいます。
親の判断ではなく、
村の責任者などがその判別を行うので、
親にとっては七五三の日が来るのは、
待ち遠しくもあり恐ろしくもあったことでしょう。
これらの話は本当かどうか定かではないですが、
子供が間引かれずに済んだ親たちの気持ちを思うと、
盛大に感謝とお祝いをしたくなるのも分かりますよね。
絵馬に残る間引き
間引きの風習が歌詞に残る
1番はご存じの方多いです
遊び方のブログがあったので貼ります
https://45mix.net/tooryanse/
悲しいのは2番の歌詞。
「飢餓」
「疫病で亡くなったのか」
「間引き」
「身売り」
「豊作祈願で神への生贄(人身御供)」
いろんな意味にとれる。
「とおりゃんせ」
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ
用のないものとおしゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここは冥府の細道じゃ
鬼人様の細道じゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ
贄のないものとおしゃせぬ
この子の七つの弔いに
供養を頼みに参ります
逝きはよいよい
還りはこわい
怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ
口減らし
女衒に売られたおしん、口減らし
丁稚奉公、子守奉公は体の良い口減らしだった